【国宝仏像】兜跋毘沙門天立像【東寺】の解説と写真

唐から招来した元祖・兜跋毘沙門天像。羅城門から南方を睨み、平安京を守っていた仏像。

最終更新日:2017年8月16日

木造兜跋毘沙門天立像(毘沙門堂安置)(もくぞうとばつびしゃもんてんりゅうぞう)

分類 国宝
ジャンル 美術品・彫刻
時代 中国唐時代
構造・形式等 木造
像高189.4cm
国宝指定年月日 1955年06月22日
所有者 宗教法人教王護国寺
安置場所 東寺(教王護国寺)宝物館
所在・エリア 京都洛中
ホームページ http://www.toji.or.jp/

「兜跋毘沙門天(とばつびしゃもんてん)」の典型的な像容をもつ。
「毘沙門天」は四天王の「多聞天」が単独であらわれるときの別名でもあるが、兜跋毘沙門天は四天王とはならない。

この兜跋毘沙門天像は大型の四方宝冠をいただき、宝冠の正面には鳳凰、左右の面には武装した人物が描かれる。
裾が膝頭まで隠れる金鎖甲(きんさこう、西洋ではチェインメイル)をまとい、エビの腹のような意匠の籠手を肩からつける。
右手には戟(下記写真では欠損、現在は所持している)を持ち、左手には塔を掲げる。
足下には邪鬼を2体従えた地天の両手の上に立つ。
兜跋毘沙門天像の最古のものとして価値が高い。

表情や着衣の文様も日本にはないもので、唐から招来した像であることがわかる。
唐から招来し我が国に伝来した彫像のなかでも屈指の出来映えをもつ仏像。
この像を模造して兜跋毘沙門天像が日本各地に造られたが次第に和風化していった。

兜跋毘沙門天は、唐の玄宗皇帝のころ安西城が敵軍に包囲された際、城の楼門に兜跋毘沙門天が出現して敵を追い払ったという伝説がある。
本像も平安京の羅城門上に安置されていたが、大風により羅城門が倒壊、瓦礫の中から救い出され東寺へと持ち込まれたという。
以来東寺に安置されている。

通常非公開ですが、春と秋に東寺宝物館で特別展示されることがあります。

兜跋毘沙門天立像の写真

※ Japanese Temples and their Treasures, Vol.2, 1910 (Shimbi Shoin)(保護期間満了)※ 小川一真『東京国立博物館 研究情報アーカイブス』1888年(保護期間満了)

兜跋毘沙門天立像安置場所の地図

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