常識として知っておきたい世界の名画:西洋絵画40選・1位から10位まで10選

常識として知っておきたい名画・西洋絵画10選。1位から10位までをご紹介。

最終更新日:2017年8月16日

この世には数々の名画がありますが、その中でもとくに日本人の常識として知っておきたい名画をご紹介します。
とても10作品に絞ることは出来ませんが、とりあえず独断で順位付けをして40位まで絞りました。
この記事は1位から10位までをご紹介。
超有名名画やその作者の解説から、「ルネサンス」「印象派」などの用語も簡単に説明します。

01 ダ・ウインチ「モナ・リザ」


「モナ・リザ」
1503〜1506年ごろ(ルネサンス)
レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452〜1519年)
ルーヴル美術館蔵(パリ)

美術史上最も有名な絵画であり、ルネサンス絵画の代表作でもある。
輪郭線を描かない技法や、空気を描きこむことで奥行き感を出す「空気遠近法」などの技法が用いられる。
モデルはフィレンツェの織物商人フランチェスコ・デル・ジョコンドの妻、リーザ・ゲラルディーニであると考えられている。
ダヴィンチの代表作としては本作のほかに、「岩窟の聖母」「最後の晩餐」「受胎告知」などがある。

ルネサンスとは

ルネサンスとは、文芸復興運動をいい、古典古代の文化や価値を復興しようという文化運動のこと。
14世紀に文化芸術の中心地であったイタリアで始まったルネサンスは次第に各地に広がり、絵画ではドイツの北方ルネサンスなども有名。
ルネサンスが終わると文化の中心はフランスへと移り、バロック芸術の全盛を迎える。

ルネサンス絵画に古典復興でもあり、ギリシア神話等も多く描かれる。
イタリアはローマ教皇のお膝元であるが、ローマ教皇自体がルネサンス芸術家のパトロンとなることもあった。
当時は、キリスト教として聖書のほかの絵画を禁じるほどの強い規制はなかったと思われる。
絵画は絵画であり、ギリシア神話を描いていてもギリシアの神々を信仰しているものはいなかった。

ただし、ルネサンス芸術が最も花開いたのは、フィレンツェ、ミラノ、ヴェネツィア、ナポリなどの教皇の力が及ぶ範囲外でもあった。
当時のイタリアは、イタリアという一国が統治していたのではなく、教皇領や各都市国家などの小国に分裂していた。

1517年から本格的に始まる宗教改革による影響や、ヨーロッパ各国の絶対王政の成立にともない、荘厳で劇的な表現をもつバロック様式がルネサンスに取って代わる。
個人的には、日本の狩野派に見られるような武家の芸術に共通点があるように思う。

ルネサンスの三大偉人としては、ミケランジェロ、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ラファエロが挙げられる。

02 ボッティチェリ「ヴィーナスの誕生」


「ヴィーナスの誕生」
1485年ごろ(ルネサンス)
サンドロ・ボッティチェリ(1444/45〜1510年)
ウフィッツィ美術館蔵(フィレンチェ・イタリア)

ギリシャ神話の美の女神ヴィーナスが海の泡から誕生した様子を描く。
「172cm×278cm」という大作であり、キリスト教を主題としない絵画として異例のサイズであった。

左側には西風の神ゼピュロス(ゼファー)と、その妻である春の女神フローラ。
春の訪れを告げる穏やかな神であり、本作では風を吹くことで生まれたばかりのヴィーナスを陸へ送り届けている。

右側には時の女神ホーラ。
真っ赤の絹のローブをヴィーナスへと差し出している。

本作はルネサンス絵画の特徴が色濃くでている。
ヴィーナスは古代ギリシア・ローマの彫刻のような姿をしていて、写実を廃しあえてデフォルメすることで「美」を強調している。

ボッティチェリの作品の多くは異教的であるとして焼却処分されている。
現存するボッティチェリの作品としては、本作のほか「プリマヴェーラ(春)」も超有名。

03 ゴッホ「夜のカフェテラス」


「夜のカフェテラス」
1888年(ポスト印象派)
フィンセント・ファン・ゴッホ(1853〜90年)
クレラー・ミュラー美術館蔵(オランダ)

「星月夜」と同じく夜を描いたゴッホの代表作。
「ひまわり」「自画像」とともにあまりにも有名な作品。

南フランスのアルルにあるカフェを描いており、人が賑わっているのがわかる。
夜に「黒」を使用せず、ゴッホが「夜」そのものを描くことにはまっていた時代の作品。
このカフェは現在も「カフェ・ファン・ゴッホ」として現存している。

37歳でピストル自殺したこと、ゴーギャンとの共同生活、耳を切り裂いた自画像、弟テオとの関係と死、生前に1枚しか絵が売れなかったことなど、
作品のみならずその劇的な人生が、今なお多くの人を惹きつける芸術家となっている。

04 ルノワール「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」


「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」
1876年作(印象派)
ピエール・オーギュスト・ルノワール(1841〜1919年)
オルセー美術館蔵(パリ)

「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」とは、当時人気だったダンスホールのこと。
ダンスホールに集まり楽しむルノワールの友人たちを描いた。
ホールの活気や幸福感、楽しい感じが伝わってくる印象派の代表的な作品。

印象派とは

19世紀後半、フランスはパリで始まった芸術運動。
当時のフランス美術界はかなり保守的になっており、それに反発した芸術家たちが集まり開催した展覧会がもととなった。
クロード・モネの「印象・日の出」でという作品を風刺した「印象派」という言葉が、そのまま彼らの運動の名前となった。
印象派の有名な画家としては、エドガー・ドガ、ポール・セザンヌ、クロード・モネ、カミーユ・ピサロ などがある。

05 フェルメール「真珠の耳飾りの少女」


「真珠の耳飾りの少女」
1665年ごろ(バロック)
ヨハネス・フェルメール(1632〜75年)
マウリッツハイス美術館蔵(ハーグ・オランダ)

オランダ・デルフトで生涯を過ごした画家で、バロックの代表的な画家のひとり。
「光」と「青」を効果的に描きこんだ特徴的な作風で知られる。
若くして無くなったこともあり、現存する作品数が極端に少なく、40点に満たない。
その作品が来日するたびに大きな話題となる。日本人が大好きな画家のひとり。

本作は「北方のモナリザ」とも呼ばれ、その表情や描かれた人物の特定が話題となり続けた。
別名「青いターバンの少女」。

06 ミレー「落穂拾い」


「落穂拾い(おちぼひろい)」
1857年作(バルビゾン派)
ジャン・フランソワ・ミレー1814〜75年)
オルセー美術館蔵(パリ)

バルビゾン派」の代表的な作品であり、ミレーの代表作でもある。
当時の農村の風景を描いた作品でありながら、旧約聖書のルツ記にも基づいている。
旧約聖書のレビ記に記された慣行のとおり、刈り入れが終わった後に残った「落ち穂」は、農民が自分の財産とすることが出来た。
貧しい農民が領主や地主のために働いたあと、自分たちの命を繋ぐために落ち穂を拾い集めるところを描いた作品であり、「貧困」や格差に焦点を当てた作品でもある。
ミレーのほかの代表作として、「晩鐘」「種蒔く人」などがある。

バルビゾン派とは

1830年から1870年頃にフランスで発生した絵画の一派。
フランスのバルビゾン村やその周辺で活動をおこなったためこう呼ばれる。
ひとことで言うと「自然主義」である。
アトリエにこもって神話や聖書の場面を描くのではなく、自然に出て森や田園風景のほか、農民の生活などの風俗画を描いた。
有名な画家としては、ミレーのほかコロー、テオドール・ルソーなどがいる。

07 レンブラント「夜警」


「夜警(やけい)」
1642年作(バロック)
レンブラント・ハルメンス・ファン・レイン(1606〜69年)
アムステルダム国立美術館蔵(アムステルダム・オランダ)

「光と影の画家」と称されるレンブラントの代表作。
タイトルの「夜警」は誤解により生まれたもので、描いているのは昼間。
363cm×437cmという巨大な集団肖像画。
集団肖像画を直立不動ではなく動きを取り入れて描いた当時としては初めての試みで描かれた。
画中の「光」を効果的に使用するバロック絵画の中でも、光の魔術師と言われるレンブラントの明暗法が活きた作品。

バロックとは

ルネサンスの次にあらわれた芸術運動で、16世紀末から18世紀半ばが主な期間となる。
絶対王政や宗教改革運動とも関連がある。
絵画の特徴として、劇的な描写、コントラストを強く描き分ける明暗法、豊かな色彩などがある。
描かれる人物は「芝居」がかっていること多く、絵画に物語性を持たせている。

有名な画家として、ブリューゲル、ルーベンス、クロード・ロラン、レンブラント、ロイスダール、フェルメール、ヤン・ステーン、カラヴァッジオ、ベラスケスなどがある。

08 ドラクロワ「民衆を導く自由の女神」


「民衆を導く自由の女神」
1830年作(ロマン派)
フェルディナン・ヴィクトール・ウジェーヌ・ドラクロワ(1798〜1863年)
ルーヴル美術館蔵(パリ)

フランス7月革命を描いた、フランスロマン派の代表作。
フランスの三色旗を掲げる女性は、フランス共和国を象徴するマリアンヌ。
実在した特定の人物ではなく、フランス共和国を擬人化した存在であり、自由の女神として知られる。
つまりこの女性は、ニューヨークの自由の女神の元になった人物であるともいえる。
フランス人が最も愛する絵画のひとつ。
7月革命は「レミゼラブル」でも描かれる市民革命であり、本作で自由の女神の右にいる少年はガヴローシュのモデルになったともいわれる。

ドラクロワははじめ新古典主義に学ぶが、ロマン主義へと転向し第一人者となる。

ロマン主義とは

「ロマン主義(ロマン派)」は、「新古典主義」への反発して理解されている。
新古典主義は名前のとおり、古代ギリシャやルネサンスなどの古典に学び、規範を尊び写実的な作風として表現された。
第一人者のひとりが、ドラクロワとも対立したアングルである。
ロマン主義は新古典主義の対局にあり、規範を打ち破り自由な表現を追求した。
このため、「ロマン主義」といいっても様式的な共通点がみられない。

09 ダ・ヴインチ「最後の晩餐」


「最後の晩餐」
1495〜98年ごろ(ルネサンス)
レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452〜1519年)
サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会(ミラノ・イタリア)

「ヨハネによる福音書」にあるイエス・キリストの最後の晩餐を描く。
イエス・キリストが「あなたがたのうちの一人がわたしを裏切ろうとしている。」と発言し、驚く12弟子が描かれている。
イエスの右隣に座っている女性のような人物はヨハネ。女性のようにみえるため「ダヴィンチ・コード」では「マグダラのマリア」とされた。
その左下にいる肌の黒い人物が、裏切り者とされるイスカリオテのユダ。右手にはイエスを裏切った代金である銀貨30枚が入った袋が握られている。
当時の絵画の顔料は鉱石を粉末状にすりつぶしたものが利用されるが、青い色は非常に高価な「ラピスラズリ」を使用している。しかしながら、イスカリオテのユダの青い衣服だけは安価な「アズライト」が使用されていることがわかっている。

ダヴィンチが壁画として描いたそのままの壁に現在も保存されており、完全予約制ではあるが一般にも公開されている。

10 セザンヌ「林檎とオレンジ」


「林檎とオレンジ」
1895〜1906年ごろ(ポスト印象派)
ポール・セザンヌ(1839〜1906年)
オルセー美術館蔵(パリ)

一見ただの静物画でありながら、絵画の歴史を変えた作品のひとつ。
無造作に置かれ描かれたようにみえる林檎やオレンジは、ひとつの視点から描かれたものではない。
それぞれの対象物をもっともよく見える角度から描き、それを1枚の絵の中に収めるセザンヌ独自の技法が用いられている。
これは後にピカソらに大きな影響を与え、キュビズムへと繋がっていく。

「近代絵画の父」と呼ばれたセザンヌは、ピカソ、クロード・モネ、カミーユ・ピサロなどから「我々みんなの父親」や「先生」とも呼ばれた。
セザンヌ自ら、自分は早く生まれすぎた次の世代の人間かもしれないと語っている。
同世代・次世代の画家に大きな影響を与え絵画の歴史を変え、今なお存在感を失わない画家である。

西洋絵画のジャンル

西洋絵画のジャンルを超簡単に描くと下記の通り

ゴシック・ロマネスク

ルネサンス

バロック・古典主義

ロココ

新古典主義・ロマン主義

写実主義・印象派・ポスト印象派・アールヌーヴォー・素朴派

フォービズム・キュビズム・シュルレアリスム・エコールドパリ

現代

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